辞典 / 人物

ハイーム・ヴィタル


視点: カバラ / 宗教 / 歴史
テーマ: 生命の木

概要

ハイーム・ヴィタル(Chaim / Hayyim ben Joseph Vital、1543年-1620年)は、パレスチナのツファット(サフェド)で活動したユダヤ神秘家。イツハク・ルリア(イツハク・ルリア)の最も重要な弟子であり、著作をほとんど残さなかった師の口伝の教説を書き留め、体系的な著作群にまとめ上げた人物として知られる。ヴィタルによる記録なしには、後世「ルリア・カバラ」として知られる思想体系が現在の形で伝わることはなかったとされる。

歴史

ツファットで生まれ育ったと考えられている。当初はラビ・モーシェ・アルシェイクのもとで顕教(ニグレー、律法の表の教え)を、ラビ・モーシェ・コルドヴェロのもとでカバラを学んだ。1570年、ルリアがエジプトからツファットに移り住むと、ヴィタルはまもなくその教えに深く傾倒するようになった。ルリアが1572年に疫病で没するまでの2年に満たない期間、ヴィタルはルリアのもとで学び続け、その口伝の教説を詳細に記録した。この記録が、後に『エツ・ハイーム(生命の木)』をはじめとする一連の著作群としてまとめられることになる。

ルリアの死後もツファットに留まって教説の記録・編纂を続けたが、1594年以降はダマスカスに定住し、同地で夕方ごとにカバラを講じたと伝えられる。1620年、ダマスカスにて没した。なお、ヴィタル自身は『ヴィジョンの書(セフェル・ハ・ヘズヨノート)』と呼ばれる自伝的な著作も残しており、そこでは自らの魂の系譜や霊的体験が記されているが、これは歴史的事実の記録というよりヴィタル自身の神秘的自己理解を示す資料として扱われるべきものである。

各伝統における意味

カバラ

ルリア自身がほとんど著作を残さなかったため、「ツィムツム(神の自己収縮)」「シェヴィラット・ハケリム(器の破損)」「ティクーン(修復)」といったルリア・カバラの中核概念は、専らヴィタルが記録・編纂した著作群を通じて後世に伝えられた。ヴィタルの死後、その手稿は一族や弟子筋によって長らく秘匿されていたが、17世紀以降に写本が流布し、やがて刊行されることで、ルリア・カバラはハシディズムをはじめとする後代のユダヤ神秘主義に広く影響を及ぼすこととなった。この伝承過程において、ヴィタルの記録がどこまでルリアの教説そのものであり、どこから彼自身による体系化・解釈が加わっているかという問題は、今日のカバラ研究において重要な論点の一つとなっている。

関連ノード

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

隣接の発見