概要
魔女の瓶(witch bottle)は、16世紀-17世紀のイングランドに起源を持つ民間魔術の防御具である。針・釘・棘・毛髪・尿などを詰めた瓶を、住居の炉床や敷居の下に埋める、あるいは火にかけるなどして、魔女による呪いを撃退・反射させることを目的とした。学識ある魔術師が文献を介して継承したグリモワール(グリモワール)の伝統とは異なり、文字文化を介さず民間で口頭伝承された、庶民の対抗呪術(counter-magic)の実例として、民俗学・考古学の双方から研究されている。
歴史
現存する記録上、最も早い時期の言及の一つは、占星術医師ジョゼフ・ブラグレイヴの著書『占星術医学の実践(Astrological Practice of Physick)』(1671年)に見られる。ここでは、魔女に呪われたと考えられる患者の尿と針を用いた治療法が説明されている。より詳細な事例は、聖職者ジョゼフ・グランヴィルの著書『サドゥキスムス・トリウンファトゥス(Saducismus Triumphatus)』(1681年)に記録されている。サフォーク州に滞在していたウィリアム・ブレアリー師の妻が原因不明の病に苦しんだ際、彼女の尿・針・釘を詰めた瓶が用意されたという逸話が伝えられる。
実際に用いられた容器は、髭を生やした人面の装飾を持つドイツ製の塩釉炻器の壺(通称「ベラルミン壺」、あるいは「グレイビアード壺」)であることが多く、これらは16世紀から17世紀にかけて広く流通していた。中身には尿のほか、曲げた釘・針・毛髪・爪・棘・ガラス片・骨などが詰められた。
この慣習はイングランドの東アングリア地方を中心に広まった後、17世紀の植民に伴い、イングランド系の入植者とともに北米へも伝えられた。ニューイングランドの牧師インクリース・マザーは、1684年の著作の中でこうした民間の対抗呪術を非難しており、当時すでに植民地社会に定着していたことがうかがえる。
考古学的には、イングランド国内はもとより北米でも複数の魔女の瓶の遺物が発掘されている。ペンシルベニア州のグレート・ティニカム島で発見され、1976年に考古学者マーシャル・ベッカーによって同定された「エシントンの魔女瓶」、2004年にイングランドで発見された尿・釘12本・針8本などを含む「グリニッジの瓶」などが代表的な出土例として知られる。
各伝統における意味
対抗呪術としての論理
魔女の瓶に詰められた尿は被害者本人の身体の一部とみなされ、それを瓶に封じて熱する(あるいは針で刺す)ことで、感応呪術(シンパセティック・マジック)的な連関を通じて魔女自身の身体(特に排尿器官)に苦痛を与え、呪いを解くことを強制する狙いがあったと解釈されている。
民間魔術と学識魔術の違い
グリモワール(グリモワール)に代表される儀式魔術が、ラテン語・特殊な儀式手順・天使や聖なる名の知識を要する、識字階級・専門家による実践だったのに対し、魔女の瓶は特別な学識や文献を必要とせず、身近な素材だけで実践できる庶民の防御呪術だった。両者は同じ近世ヨーロッパの魔術文化の中に併存しながらも、担い手も伝承経路も異なる別系統の実践である。
現代文化
魔女の瓶を作る慣習は、20世紀に入っても英米の一部民間伝承として命脈を保ち、現代の異教主義(ネオペイガニズム)・魔女術(ウィッカ等)の実践者の間でも、伝統的な民間魔術のリバイバルとして再び作られることがある。
関連ノード
- グリモワール — 対照的な、学識層による文献ベースの魔術の伝統
参考文献
- Joseph Glanvill, Saducismus Triumphatus: or, Full and Plain Evidence Concerning Witches and Apparitions, 1681. — サフォーク州の事例を記録した近世の一次資料。
- Ronald Hutton, The Witch: A History of Fear, from Ancient Times to the Present, Yale University Press, 2017. — 近世イングランドの対抗呪術の慣習を扱う標準的学術研究。
- M. Chris Manning, “Homemade Magic: Concealed Deposits in Architectural Contexts in the Eastern United States,” PhD dissertation, Ball State University, 2012. — 北米出土の魔女の瓶に関する考古学的研究。