辞典 / 美術作品

皇女アントニアのカバラ的祭壇画


視点: カバラ / 西洋美術 / 宗教
テーマ: 生命の木

概要

皇女アントニアのカバラ的祭壇画(通称「アントニア祭壇画」、ドイツ語でLehrtafel「教育絵画」とも呼ばれる)は、ヴュルテンベルク公国のアントニア皇女(Antonia von Württemberg、1613年-1679年)が構想・制作を主導した、南ドイツ・バート・タイナハ三位一体教会の巨大な三連祭壇画。セフィロトの図像を中心に、キリスト教とカバラの図像・教義を統合した図版として知られる。

皇女アントニアのカバラ的祭壇画(バート・タイナハ三位一体教会、1659年-1663年)
皇女アントニアのカバラ的祭壇画(バート・タイナハ三位一体教会、1659年-1663年)。Public domain, via Wikimedia Commons

歴史

アントニアはヘブライ語に通じたキリスト教カバリストで、宮廷の学者顧問団とともに1652年頃に構想を練り、1659年から1663年にかけて画家ヨハン・フリードリヒ・グルーバーによって制作された(教会への設置は1673年)。高さ約6メートル、幅約5メートルという大作で、バート・タイナハ=ツァヴェルシュタインの小さな町教会の祭壇脇を占める。アントニアは、自身の心臓をこの祭壇画の壁の中に埋葬するよう遺言したと伝えられる。

各伝統における意味

キリスト教カバラ

この祭壇画は、専門知識を持つ学者だけでなく一般の信徒も参照できるよう構成された「教育絵画」として設計されており、セフィロトの木(生命の木)をキリスト教の救済論の枠組みの中に取り込んだ、パンソフィア(万有智)的な構想を体現している。クリスチャン・クノール・フォン・ローゼンロート(クリスチャン・クノール・フォン・ローゼンロート)を中心とするキリスト教カバラの知的サークルとも近い関係にあったとされ、当時のドイツにおけるカバラ受容の実例として学術的にも注目されている。

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

隣接の発見