概要
ヘロデ大王(紀元前74年頃-紀元前4年)は、ローマの支持下でユダヤを統治した王。マタイ福音書の降誕物語に登場する「幼児虐殺」の主体として、キリスト教文化圏で広く知られる。
歴史
ヘロデはユダヤ人ではなくイドマヤ(エドム)出身の家系で、ローマの後ろ盾によって王位を得た「傀儡王」的な性格を持つ統治者だった。大規模な建築事業(エルサレム神殿の大規模な再建・拡張、マサダ要塞など)で知られる一方、猜疑心の強さから妻や息子たちを含む多数を粛清したことでも歴史的に記録されている。史的記録(ヨセフスの著作など)にヘロデの残虐な統治についての記述は多いが、「幼児虐殺」の出来事自体を裏付ける同時代の非聖書史料は現時点で確認されていない。
各伝統における意味
新約聖書における記述
マタイ福音書2章では、東方の三博士から「ユダヤ人の王」の誕生を聞いたヘロデが、自らの王位への脅威を恐れ、ベツレヘム(ベツレヘムの星)とその周辺の2歳以下の男児を皆殺しにするよう命じたとされる。イエス(イエス・キリスト)の家族はエジプトへ逃れ難を逃れたとされる。
学術的読解
聖書学者・歴史学者は、「幼児虐殺」の史実性については慎重な立場を取ることが多く、ヘロデの史実の残虐性を踏まえた上での神学的な物語的脚色である可能性を指摘する。
美術
「幼児虐殺」は西洋美術史で繰り返し描かれた主題(ブリューゲル、ルーベンスなど)。個別作品は今後ノード化する。
関連ノード
参考文献
- Peter Richardson, Herod: King of the Jews and Friend of the Romans, University of South Carolina Press, 1996. — ヘロデ大王研究の標準的学術文献
- Raymond E. Brown, The Birth of the Messiah, Anchor Bible Reference Library, Doubleday, 1993. — 降誕物語の史料批判的検討を含む標準的学術注解