辞典 / 人物

マルティネス・ド・パスカリ


視点: 西洋魔術 / カバラ / 宗教 / 歴史
テーマ: 西洋魔術

概要

マルティネス・ド・パスカリ(Martinez de Pasqually、1727年頃-1774年)は、18世紀フランスで活動した神秘家・テウルギスト。フリーメイソンの高位階の枠組みを用いた独自の秘教結社「宇宙の選ばれし司祭騎士団(エリュ・コエン)」を1760年代に設立し、儀礼的な交霊(テウルギー)の実践を通じて堕落した人間が神との一体性を回復するという教説を説いた。その弟子であったルイ=クロード・ド・サン=マルタン(ルイ=クロード・ド・サン=マルタン)とともに、後世「マルティニスム」と呼ばれる潮流の二つの源流の一方を形成した人物とされる。

歴史

出自については史料が乏しく、正確な生年・出生地・国籍のいずれも確定していない。長らく「ポルトガル系ユダヤ人」とする説が流布してきたが、彼自身とその父に関するカトリック教徒証明書や書簡類の存在から、ユダヤ系出自説には疑義が呈されている。当時のフランスではユダヤ教徒がフリーメイソンに加入することが認められていなかった点も、この説と整合しない。他にポルトガル起源説やグルノーブル出身説なども提示されているが、いずれも決定的な裏付けを欠き、現在に至るまで彼の出自は歴史研究上の未解決の問題であり続けている。

1754年頃からフランスのフリーメイソン界に姿を現し、1761年、ボルドーにおいて秘教結社「宇宙の選ばれし司祭騎士団(Ordre des Chevaliers Maçons Élus Coëns de l’Univers、通称エリュ・コエン)」を設立した。1768年、若き将校であったルイ=クロード・ド・サン=マルタンと出会い、1771年までボルドーで秘書として身近に置いた。1772年、西インド諸島サントドミンゴへ遺産相続のため渡航し、1774年、同地で客死した。彼の死後、エリュ・コエンの組織的な活動は次第に停滞していったが、その教説の一部はジャン=バティスト・ヴィルモーズらによって「厳修規律」に継承された。

各伝統における意味

西洋魔術とカバラ的テウルギー

パスカリの主著『存在の再統合に関する論考(Traité de la Réintégration des Êtres)』は、カバラ的源泉に由来するとされる神秘思想を基盤に、堕落によって物質界に落ちた人間の霊が、儀礼的な交霊(テウルギー)の実践を通じて神との一体性(レイスタブリスマン、réintégration)を回復するという教説を体系化したものである。この教説はフリーメイソン的な位階制度と結びつけられ、エリュ・コエンの入会儀礼・階梯の理論的基盤となった。この儀礼重視の路線は、後にサン=マルタンが展開する、儀礼を伴わない内面的・観想的な神秘主義とは対照的な方向性を示すものである。

関連ノード

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

隣接の発見