辞典 / 人物

教皇ユリウス2世


視点: 西洋美術 / 宗教 / 歴史
テーマ: 西洋美術

概要

教皇ユリウス2世(本名ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ、Giuliano della Rovere、1443年-1513年、在位1503年-1513年)は、盛期ルネサンス美術の最大の後援者の一人として知られるローマ教皇。ミケランジェロ(ミケランジェロ)にシスティーナ礼拝堂天井画(システィーナ礼拝堂天井画)を、ラファエロ(ラファエロ・サンティ)にバチカン宮殿「署名の間」の壁画群(『アテナイの学堂』(『アテナイの学堂』)を含む)を依頼した。

ラファエロによる教皇ユリウス2世の肖像画(1511年-1512年、ロンドン・ナショナルギャラリー蔵)
ラファエロ『教皇ユリウス2世の肖像』(ロンドン・ナショナルギャラリー、1511年-1512年)。Public domain, via Wikimedia Commons

歴史

教皇領の拡大・防衛のため自ら軍を率いて戦役に赴くことも多く、「戦う教皇(Il Papa Terribile)」の異名で知られた。同時に、盛期ルネサンス美術史上最も著名な作品群の依頼主として、美術史上決定的な役割を果たした。システィーナ礼拝堂の天井画をミケランジェロに、バチカン宮殿の「署名の間」の壁画群をラファエロに依頼し、さらに建築家ブラマンテに旧サン・ピエトロ大聖堂の再建(現在のサン・ピエトロ大聖堂の起点)を命じた。

各伝統における意味

美術のパトロンとしての役割

ミケランジェロ・ラファエロという当代最高の芸術家を同時にバチカン宮殿の装飾に起用したことは、ルネサンス美術が最高潮に達した「盛期ルネサンス」という時代区分そのものを象徴する出来事として、美術史上高く評価される。

政治・軍事指導者としての側面

教皇領の世俗的な権力拡大にも積極的に取り組み、宗教的指導者でありながら軍事作戦を自ら指揮する姿勢は、当時から賛否両論を招いた。

関連ノード

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

隣接の発見