概要
エレクトラム(ラテン語: electrum、ギリシャ語: ἤλεκτρον, ēlektron)は、金と銀の天然もしくは人工の合金で、古代から装飾品・貨幣の素材として珍重された。後代の錬金術では、金(太陽)と銀(月)の両方の性質を併せ持つ中間的な金属として、象徴的な意味づけを与えられた。
語源
ギリシャ語 ēlektron は、この合金と琥珀(こはく)の両方を指す語であった。両者に共通する淡い黄金色の輝きがこの語の共有理由とされる。なお英語 electricity(電気)は、摩擦を受けた琥珀が軽い物を引きつける性質にちなむ後代(17世紀)の造語であり、合金としてのエレクトラムそのものとは直接の関係はない。
歴史
古代エジプト古王国時代(紀元前3千年紀)には、ピラミッドやオベリスクの頂部(ピラミディオン)の被覆材としてすでに用いられていた。最も著名な用途は、紀元前7世紀、小アジアのリディア王国(現トルコ西部、パクトロス川流域)で鋳造された、現存する最古級の鋳造貨幣である。この地域の川砂から採れる自然のエレクトラム(金と銀に加え微量の銅などを含む)がそのまま貨幣の素材として用いられた。ローマ時代の博物学者プリニウスは『博物誌』第33巻で、エレクトラム製の杯に毒を注ぐと虹のような半円形の模様と共にパチパチという音を立てて毒の存在を知らせるという逸話を記録しているが、これは科学的に実証された性質ではなく、古代の伝承の域を出ないものである。
各伝統における意味
古代における実用的位置づけ
天然エレクトラムは金の含有量にばらつきがあり、金と銀を厳密に分離する精錬技術が確立する以前は、価値の安定しない素材でもあった。リディアの首都サルディスの遺跡からは、この精錬技術を示す工房跡が発掘されている。
錬金術における象徴的位置づけ
太陽(太陽)に対応する金と月(月)に対応する銀という、伝統的7惑星説における2つの最上位の金属の性質を自然に併せ持つ物質として、両者の統合・婚姻を先取りする中間的な金属とみなされることがあった。ただしエレクトラムは、伝統的な7惑星対応の金属体系(金・銀・水銀・銅・鉄・錫・鉛)そのものの一員ではなく、その体系の外側にある特殊な自然物として位置づけられる点には注意が必要である。
関連ノード
参考文献
- Andrew Ramage and Paul Craddock, King Croesus’ Gold: Excavations at Sardis and the History of Gold Refining, British Museum Press, 2000. — リディアのエレクトラム貨幣・精錬技術に関する考古学的標準研究
- Pliny the Elder, Natural History, Book 33, trans. H. Rackham, Loeb Classical Library, Harvard University Press, 1952(原著1世紀). — 古代におけるエレクトラムの性質に関する一次資料
- Lawrence M. Principe, The Secrets of Alchemy, University of Chicago Press, 2013. — 錬金術における金属の象徴体系を扱う標準的概説書