概要
ヒューレー(古代ギリシャ語: ὕλη、hylē)は、アリストテレス(アリストテレス)の自然哲学における中心概念の一つで、事物に形(エイドス、形相)を与えられる以前の、いまだ規定されていない基体としての「質料」を意味する哲学用語である。後代、この語はグノーシス主義や錬金術の語彙にも取り入れられ、それぞれ独自の意味を付与された。
語源
ヒューレーはもともと「木材」「材木」を意味する日常語であり、アリストテレスがこれを、大工が木材から家具を作るように、形相によって規定される以前の素材一般を指す哲学用語として転用した。
歴史
アリストテレスは『自然学』・『形而上学』において、あらゆる自然物は「質料(ヒューレー)」と「形相(エイドス、モルフェー)」という2つの原理から成るとする質料形相論(ヒュロモルフィズム)を展開した。事物から特定の形を思考実験的にすべて取り去った、それ自体は無規定で純粋な可能態にすぎない究極の基体を「第一の質料(プローテー・ヒューレー)」と呼んだが、これがラテン語に翻訳される過程で「第一質料(プリマ・マテリア)」(第一質料)という語が定着し、中世〜近世の錬金術(錬金術)の中心概念の一つとして独自に発展することになった。
各伝統における意味
アリストテレス自然哲学
質料は、形相との対概念として理解される抽象的な哲学概念であり、それ自体で独立して存在する具体的な物質を指すわけではない。あらゆる可能な形を潜在的に受け取りうる、純粋な可能態として位置づけられる。
グノーシス主義
2〜3世紀のグノーシス主義(特にヴァレンティノス派)の文献では、人間を「ヒューリコイ(質料的な者)」「プシュキコイ(魂的な者)」「プネウマティコイ(霊的な者)」の3階層に分類する教説が伝えられている。この文脈でのヒューレーは、物質界そのものを指す語であると同時に、霊的な救済から最も遠い、劣った存在様態を意味する否定的な含みを帯びた概念として用いられた。これはアリストテレスの中立的な哲学用語としてのヒューレーとは異なる、グノーシス主義特有の価値づけである点に注意が必要である。
錬金術
ルネサンス期の錬金術師パラケルススは、ギリシャ語ヒューレーとラテン語アストルム(星)を組み合わせたとされる造語「イリアステル(Yliaster)」を用い、身体と霊魂から成る根源物質を表現した。これはアリストテレスの原義そのものではなく、錬金術的な文脈での独自の再利用である。
哲学
質料形相論は、事物の「生成」「変化」をどう説明するかという古代ギリシャ自然哲学の根本問題への回答として提示されたものであり、中世スコラ哲学を通じて西洋哲学史に長く影響を与えた。
関連ノード
参考文献
- Aristotle, Physics, trans. Robin Waterfield, Oxford University Press, 1996(原著紀元前4世紀頃). — ヒューレー概念の一次資料
- Kurt Rudolph, Gnosis: The Nature and History of Gnosticism, trans. Robert McLachlan Wilson, Harper & Row, 1987. — グノーシス主義における質料・階層観の標準的学術研究
- Lawrence M. Principe, The Secrets of Alchemy, University of Chicago Press, 2013. — アリストテレス質料概念が錬金術に受容される過程を扱う標準的概説書