概要
自然魔術(ラテン語: Magia Naturalis)は、ルネサンス期ヨーロッパで整理された魔術思想の一分野で、天使・悪魔・精霊といった霊的存在の力を借りるのではなく、自然界の事物同士に内在するとされる隠れた「共感(シンパシー)」と「反感(アンチパシー)」の連鎖を操作することで効果を生み出すとする立場を指す。霊を呼び出す儀式魔術とは異なる、いわば「合法的」な魔術として当時位置づけられた。
歴史
自然魔術という発想の起源は、磁石が鉄を引き寄せる現象のような、当時の自然哲学では説明のつかない「隠れた性質(オカルト・クオリティ)」を扱う中世自然哲学に遡る。ルネサンス期には、フィレンツェの人文主義者マルシリオ・フィチーノ(マルシリオ・フィチーノ)が著書『三重の生について(De Vita Libri Tres)』(1489年)で、新プラトン主義(新プラトン主義)的な宇宙論に基づき、星辰の影響を天体との共感的な結びつきを通じて引き出す自然魔術の理論を展開した。ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ(ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ)は『オカルト哲学三巻書』(1533年)の第1巻を自然魔術に充て、元素界の力を扱うものとして天体魔術(占星術)・儀式魔術(天使・カバラ)と並ぶ体系の一部に位置づけた。ナポリの学者ジャンバッティスタ・デラ・ポルタは1558年に『自然魔術(Magia Naturalis)』全4巻を刊行し、1589年には全20巻へと大幅に増補した。同書は光学実験なども含む当時の実証的な自然探究と、伝統的な魔術的知識とを同居させた著作として広く読まれた。
各伝統における意味
ルネサンス自然哲学における教説
自然魔術の主張者たちは、世界のあらゆる事物が目に見えない共感・反感の網の目で結び付いているとし、実践者はこの自然な結びつき(例えば特定の薬草・宝石・天体の対応関係)を利用するだけであり、霊的存在に命令を下すわけではないと説明した。フィチーノやアグリッパは、この立場を、悪霊との契約によって成立するとされた違法な「悪魔的魔術」から自らを切り離すための理論的な防波堤としても用いた。
儀式魔術との対比
天使や精霊の名を用いて霊的存在に直接働きかける西洋儀式魔術(西洋儀式魔術)とは、力の源泉をどこに置くかという点で理論上区別される。ただし実際には、アグリッパの『オカルト哲学三巻書』のように、自然魔術・天体魔術・儀式魔術を一つの体系の異なる階層として連続的に扱う著作も多く、両者の境界は当時から必ずしも明確ではなかった。
近代科学前史としての位置づけ
デラ・ポルタの『自然魔術』は、光学・化学的な実験記録と魔術的な言説が未分化のまま混在する著作であり、科学史研究では、経験的観察・実験を重視する態度が近代科学の方法論の前段階として形成されていく過程を示す資料の一つとして扱われる。
関連ノード
- ヘルメス思想 — 理論的背景を共有する思想体系
- 新プラトン主義 — フィチーノの自然魔術論の哲学的土台
- マルシリオ・フィチーノ — 自然魔術論を展開した人文主義者
- ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ — 自然魔術を体系の一部に位置づけた著述家
- 西洋儀式魔術 — 力の源泉の理解において対比される魔術の一分野
- 「上のごとく下も然り」— 共感・対応関係という発想を支える定式
参考文献
- D.P. Walker, Spiritual and Demonic Magic from Ficino to Campanella, Pennsylvania State University Press, 2000(初版 Warburg Institute, 1958). — ルネサンス自然魔術思想史の古典的学術研究
- Brian P. Copenhaver, Magic in Western Culture: From Antiquity to the Enlightenment, Cambridge University Press, 2015. — 自然魔術を含む西洋魔術思想史の標準的概説書
- William Eamon, Science and the Secrets of Nature: Books of Secrets in Medieval and Early Modern Culture, Princeton University Press, 1994. — デラ・ポルタを含む「秘密の書」の伝統と自然魔術の関係を扱う学術研究