概要
ヘルメス思想(ヘルメティシズム)は、ヘレニズム期エジプトで成立したとされる、ヘルメス・トリスメギストス(ヘルメス・トリスメギストス)に仮託された文献群を中心とする、宗教・哲学・秘教思想の総体。
歴史
紀元後1〜3世紀頃のヘレニズム期エジプト(アレクサンドリアを中心とする地域)で、ギリシャ哲学(新プラトン主義(新プラトン主義)・ストア派)、エジプトの宗教的観念、グノーシス主義的な救済思想が融合して成立したとされる。中世を通じてイスラム世界・ビザンツで一部が伝承された後、15世紀にコジモ・デ・メディチの依頼でマルシリオ・フィチーノ(マルシリオ・フィチーノ)がギリシャ語文献をラテン語に翻訳したことで、ルネサンス期ヨーロッパの思想界に大きな影響を与えた。当時は文献の成立年代がモーセと同時代かそれ以前の太古の叡智と信じられていたが、17世紀の文献学者アイザック・カソーボンによって、実際にはヘレニズム期(紀元後数世紀)の成立であることが文献学的に明らかにされた。カソーボンによる年代批判の後も、イエズス会士アタナシウス・キルヒャー(アタナシウス・キルヒャー)のように、古代エジプトのヒエログリフをヘルメス思想的な叡智の暗号とみなす解釈は17世紀を通じて根強く残り続けた。
各伝統における意味
ヘレニズム期の思想体系
『ヘルメス文書』(ヘルメス文書)に代表される、神・宇宙・人間の魂の関係を説く宗教哲学的文献群。
ルネサンス期の再発見
フィチーノらルネサンス期の人文主義者は、ヘルメス思想をキリスト教以前の「太古の神学(プリスカ・テオロギア)」として位置づけ、キリスト教と調和しうる普遍的叡智として再評価した。この評価は後にカソーボンの文献学的研究によって年代設定が覆されたが、ルネサンス思想・西洋秘教への影響は既に確立していた。
近代西洋秘教
19世紀末の黄金の夜明け団など近代の秘教結社は、ヘルメス思想を錬金術(錬金術)・カバラ・占星術と統合した独自の体系(ヘルメス・カバラ)を構築した。
関連ノード
- ヘルメス・トリスメギストス — 仮託される著者
- ヘルメス文書 — 中心的文献群
- エメラルド・タブレット — 中心的文献の一つ
- 「上のごとく下も然り」— 中心的な思想的定式
- ヘルメス — ギリシャ神話上の名前の由来(別系統の神格である点に注意)
- 黄金の夜明け団 — ヘルメス思想を統合体系に取り込んだ近代秘教結社
- 薔薇十字団 — 思想的背景を共有する近世の秘教運動
- マルシリオ・フィチーノ — ラテン語訳・再評価を主導した人物
- ジョルダーノ・ブルーノ — 思想の重要な源泉として取り入れた人物
- 新プラトン主義 — 成立の思想的背景の一つ
- アタナシウス・キルヒャー — ヒエログリフをヘルメス思想的な暗号として解釈しようと試みた17世紀の学者
参考文献
- Garth Fowden, The Egyptian Hermes: A Historical Approach to the Late Pagan Mind, Cambridge University Press, 1986. — ヘルメス思想史の標準的学術研究
- Brian P. Copenhaver (trans.), Hermetica: The Greek Corpus Hermeticum and the Latin Asclepius, Cambridge University Press, 1992. — ヘルメス文書の標準的学術訳
- Frances A. Yates, Giordano Bruno and the Hermetic Tradition, University of Chicago Press, 1964. — ルネサンス期ヘルメス思想受容史の古典的研究