概要
シェム・ハ=メフォラシュ(Shem HaMephorash、「分割された御名」の意)は、出エジプト記14章19〜21節の3節から導き出される、72個の三文字からなる神の御名の体系を指す。カバラの「御名の実践(シェモート)」の中でも特に著名かつ体系化された一事例であり、各々の御名にはそれぞれ対応する天使が配されるとされる。
語源
「メフォラシュ」はヘブライ語で「分割された」「詳らかにされた」を意味する語根 פרש に由来する。もともとはユダヤ教の伝統において、みだりに口にすることが憚られる神聖四文字(テトラグラマトン)そのものを指す語としても用いられたが、後にこの72の御名の体系を指す固有の呼称として定着した。
歴史
出エジプト記14章19〜21節は、それぞれがヘブライ文字72文字から成る3つの節(第19節は右から左、第20節は左から右、第21節は再び右から左というように、行の向きを交互に変えて読む「牛耕式(ブストロフェドン)」の配列で読まれる)であり、この3節を縦に並べて1文字ずつ組み合わせることで、72個の三文字の組み合わせが得られる。この72の組み合わせに「エル」や「ヤー」などの語尾を付して発音可能な形にしたものが、72の天使名とされる。この体系がいつ成立したかは古典カバラ文献では必ずしも明確ではないが、中世カバラにおいてすでに確立された伝統として言及される。
16世紀初頭、キリスト教カバラを代表するドイツの人文主義者ヨハネス・ロイヒリン(ヨハネス・ロイヒリン)は、主著『カバラの術について』(De Arte Cabalistica、1517年)の中で出エジプト記14章の3節からこの72の天使名を導出し、これらの天使名は神の意志の個別的な発現であり、神聖四文字(テトラグラマトン)を基盤としていると論じた。
各伝統における意味
ユダヤ教・カバラ
72の御名は、神の無限の属性が有限な形で顕現したものとみなされ、瞑想の対象や、護符・魔除けにおける聖なる文字列として用いられてきた。この用法は、より広い「御名の実践」(シェモート)というカテゴリーに属する、実践カバラ(カバラー・マアシット)の一部である。
キリスト教カバラ
ロイヒリンは、この72の御名が持つ神学的意義を、神の意志から発する天使的媒介者としての性質に見出し、人間の霊的な神への回帰を照らし助けるものと位置づけた。この解釈は、キリスト教カバラが旧約聖書の神秘的要素を独自の神学的枠組みで読み替える典型例の一つである。
関連ノード
- シェモート — シェム・ハ=メフォラシュが属する、より広い「御名の実践」というカテゴリー
- カバラ — この体系が展開された伝統
- ヨハネス・ロイヒリン — 『カバラの術について』で72の天使名を詳述した人物
参考文献
- Johannes Reuchlin, On the Art of the Kabbalah (De Arte Cabalistica), trans. Martin and Sarah Goodman, intro. G. Lloyd Jones, University of Nebraska Press, 1993(原著1517年). — ロイヒリンが72の天使名を論じた主著の標準的英訳版
- Bernd Roling, “The Complete Nature of Christ: Sources and Structures of a Christological Theurgy in the Works of Johannes Reuchlin,” in The Metamorphosis of Magic from Late Antiquity to the Early Modern Period, ed. Jan N. Bremmer and Jan R. Veenstra, Peeters, 2002, pp. 213-266. — ロイヒリンによる72天使名の神学的位置づけを扱う学術論文
- Gershom Scholem, Kabbalah, Keter Publishing House, 1974. — 御名の実践・シェム・ハ=メフォラシュを含むカバラの体系全般を扱う基礎文献