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ロバート・フラッド「自然の鏡」


視点: ヘルメス思想 / 錬金術 / 西洋美術 / 歴史
テーマ: ヘルメス思想 / 錬金術 / 西洋美術

概要

ロバート・フラッド(Robert Fludd、1574年-1637年)は、イングランドの医師・ヘルメス思想家。主著『大宇宙と小宇宙の歴史』(Utriusque Cosmi Historia、第1部1617年・第2部1618/19年、オッペンハイム刊)の巻頭を飾る銅版画「自然の全体の鏡と技術の似姿」(Integrae Naturae Speculum Artisque Imago)で知られる。神の手から下る鎖が「自然」を経て「技術(アート)」の擬人像である猿へと至る、いわゆる「存在の大いなる連鎖」を図示したこの一枚は、近世ヘルメス思想の宇宙観を要約する図像として広く参照される。

テオドール・デ・ブリー(マテウス・メーリアンの原画に基づく)によるロバート・フラッドの肖像版画(1645年)
テオドール・デ・ブリー(マテウス・メーリアンの原画に基づく)『ロバート・フラッド肖像』(線刻銅版画、1645年)。Public domain, via Wikimedia Commons

歴史

1574年、イングランド・ケント州ビアステッドに生まれる。オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジで学び、1598年に文学修士号を取得した後、大陸ヨーロッパを6年間にわたり遍歴し、フランス・イタリア・ドイツ各地で医学・錬金術・数学の知見を蓄えたとされる。帰国後の1605年、オックスフォードで医学博士号を取得し、王立内科医協会(Royal College of Physicians)フェローとなった。ロンドンで開業医として活動する傍ら、ウィリアム・ハーヴェイの血液循環説を早くから支持したことでも知られる。

1616年、ドイツの学者アンドレアス・リバヴィウスによる薔薇十字団批判に反論する『簡潔なる弁明』(Apologia Compendiaria)をライデンで刊行した。フラッド自身が薔薇十字団の正式な会員であったことを示す確実な史料はなく、外部からその思想を擁護した支持者と位置づけるのが研究上妥当である。主著『大宇宙と小宇宙の歴史』は、フランクフルト・オッペンハイムを拠点とする出版者ヨハン・テオドール・ド・ブリの工房から刊行された。同工房の銅版画家マテウス・メーリアン(マテウス・メーリアン)が挿絵の大部分(本文図版約260点余りを含む)を手がけており、「自然の全体の鏡と技術の似姿」もこの制作体制の産物である。

1620年代には、天文学者ヨハネス・ケプラーとの間で「世界の調和」を巡る論争を展開した。ケプラーが『世界の調和』(Harmonices Mundi、1619年)付録でフラッドの宇宙論を数学的根拠に欠けると批判したのに対し、フラッドは『真理の舞台』(Veritatis Proscenium、1621年)などでこれに反論し、量的・数学的な証明のみを真の知とするケプラーの立場と、錬金術的・ヘルメス的な秘儀の理解を通じてこそ宇宙の調和が把握されるとするフラッドの立場との、近世科学史上よく知られた対立となった。1637年、ロンドンで没した。

各伝統における意味

ヘルメス思想・大宇宙小宇宙照応

「自然の全体の鏡と技術の似姿」は、上部に描かれた神の手から一本の鎖が伸び、まず擬人化された「自然」(星をちりばめた髪を持つ裸身の女性像、片方の乳房から太陽の光が、もう片方から月光が発せられる)につながれ、さらにその手から鎖が下って地上の猿(「技術(アート)」の擬人像)へと至る構図を取る。猿はコンパスを手に地球儀の上に立ち、周囲には音楽・絵画・彫刻などの諸技術を象徴する円環が配される。「芸術は自然の猿である」(ars simia naturae)という中世以来の美術理論上の常套句を踏まえた図像であり、神→自然→人間の技術という三層構造を通じて、大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)が照応するというヘルメス思想的世界観を視覚的に凝縮している。

美術

『大宇宙と小宇宙の歴史』は本文図版だけで260点を超える大部の銅版画入り出版物であり、その多くをメーリアンが手がけた。「自然の全体の鏡と技術の似姿」はその中でも特に複製・引用される頻度が高い一枚で、現在も西洋秘教思想を扱う書籍・展示で「存在の大いなる連鎖」を説明する定番の図版として用いられている。

関連ノード

参考文献

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隣接の発見