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『ピカトリクス』


視点: 西洋魔術 / 西洋占星術 / ヘルメス思想 / 歴史
テーマ: 西洋占星術 / 西洋魔術

概要

『ピカトリクス』(Picatrix)は、中世アラビア語の占星術的護符魔術書『賢者の目的(ガーヤト・アル=ハキーム、Ghāyat al-Ḥakīm)』のラテン語名。10世紀後半、イスラーム統治下のイベリア半島(アル=アンダルス)で編纂され、13世紀にカスティーリャ王アルフォンソ10世(賢王)の宮廷でスペイン語、続いてラテン語に翻訳された。惑星の力を利用した護符(タリスマン)製作の理論と実践を体系的に論じた文献として、ルネサンス期の西洋占星術的魔術に大きな影響を与えた。

歴史

写本内部の記述(コロフォン)によれば、本書はヒジュラ暦343-348年(西暦954-959年頃)に成立し、200以上の先行文献から編纂されたとされる。伝統的には、アンダルスの数学者・天文学者マスラマ・アル=マジュリーティー(Maslama al-Majrītī、1007年頃没)の著作とされてきたが、この帰属は現在の学術研究では仮託(偽マジュリーティー作)とみなされている。近年の研究では、コロフォンの成立年代が実際にはマジュリーティーではなく、同時代の類似した名を持つ別人物マスラマ・イブン・カースィム・アル=クルトゥビー(964年没)の生涯と整合的であるとする説も提示されているが、この著者問題自体、決着した定説ではなく、現在も研究者の間で議論が続いている。1256-1258年頃、カスティーリャ王アルフォンソ10世の命により、トレドの宮廷でスペイン語(カスティーリャ語)訳が作成され(訳者は特定されていない)、その後まもなくラテン語訳が作られ「ピカトリクス」の書名が定着した。ラテン語版は15世紀半ば以降ヨーロッパで広く流布し、マルシリオ・フィチーノ、ピコ・デラ・ミランドラ、ガレオット・マルツィオら当時の知識人に読まれた。

各伝統における意味

イスラーム占星術における位置づけ

本書は、ヘレニズム期のヘルメス思想(ヘルメス思想)や新プラトン主義の宇宙観を継承しつつアラビア語圏で発展した中世イスラーム占星術の伝統の中で成立した文献であり、「二十四人の哲学者の書」に見られるヘルメス・トリスメギストス(ヘルメス・トリスメギストス)への言及など、ヘルメス的な権威づけの伝統も内部に含んでいる。ラテン語版は全4巻構成で、天体魔術の理論、惑星ごとの護符・薫香の処方、精霊招来の技法、実践的応用が扱われる。

ルネサンス魔術への影響

マルシリオ・フィチーノ(マルシリオ・フィチーノ)は、著書『三重の生について』第3巻「天より生命を得ることについて」で、本書の護符・薫香に関する理論を直接的に参照したとされる。また、ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ(ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ)の『オカルト哲学三巻書』第2巻(天体魔術)も、本書を主要な典拠の一つとして利用したことが研究で指摘されている。

グリモワール伝統との関係

天使や霊を呼び出す儀式手順を記す中世〜近世ヨーロッパの「グリモワール」(グリモワール)の多くがキリスト教的枠組みの中で成立したのに対し、本書はイスラーム圏で成立し、後にラテン語訳を通じて西洋儀式魔術(西洋儀式魔術)の伝統に合流した、系統の異なる護符・天体魔術の典拠として位置づけられる。

現代文化

20世紀後半以降、英訳(John Michael Greerほか)が刊行され、現代の西洋オカルティズム実践者・研究者の間で古典的な天体魔術文献として再評価されている。

関連ノード

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

隣接の発見