概要
ニグロマンシー(ラテン語: nigromantia、necromancy)は、狭義には死者の霊を呼び出し、知識や予言を得ようとする占術・魔術技法を指す。ただし「ニグロマンシー」という語自体には、本来の意味(死者占い)とは異なる中世の語源的混同の歴史があり、この混同こそがこの語を理解する上での核心的な論点となる。
語源
原語はギリシャ語「死者(ネクロス、νεκρός)」+「占い(マンテイア)」の合成語 nekromanteia(死者占い)で、この形はまず3世紀の神学者オリゲネスの著作にラテン語化した形(necromantia)で確認される。ところが中世のラテン語・俗語文献では、この語の語頭 necro-(死)が、より馴染みのあるラテン語 niger(黒い)と混同され、nigromantia(「黒の術」)という綴りが広まった。この綴りの変化は単なる誤記にとどまらず、「死者への交霊術」という原義から「黒魔術全般」という、より広く不吉な意味への語義の拡張を伴った。
歴史
ギリシャ・ローマ世界には、死者の霊魂に助言や予言を求める「ネクロマンテイオン(死者神託所)」と呼ばれる聖域が存在し、ギリシャ北西部アケロン川流域の遺跡はその代表例とされる(ホメロス『オデュッセイア』第11巻に描かれるオデュッセウスの冥界行の場面が、この種の信仰を反映しているとされる)。中世ヨーロッパに入ると、教会に近い立場にありながら禁書とされたラテン語の魔術文書を読みこなす一部の聖職者(読み書き能力を持つ「クレリカル・アンダーワールド」)が、天使や悪霊を呼び出す実践としての「ニグロマンシー」を担った。ルネサンス期の魔術分類においては、ニグロマンシーはジオマンシーや水占いなどと並ぶ「禁じられた七つの術」の筆頭に位置づけられることもあった。
各伝統における意味
古代ギリシャ・ローマの死者占い
死者の霊魂に直接助言を求める儀礼的な実践で、特定の聖域(オラクル)で執り行われた。キリスト教以前の宗教的世界観の中に位置づけられる。
中世キリスト教世界の「ニグロマンシー」
死者の霊よりもむしろ悪霊・悪魔を呼び出し使役しようとする実践を指すことが多くなり、グリモワール(グリモワール)文献に記される召喚・喚起(召喚・喚起)の技法と重なり合う形で扱われた。教会当局からは異端・冒涜の疑いをかけられる危険な行為とされたが、実践者自身は必ずしも自らの行為を悪魔崇拝とは考えておらず、聖なる名や祈祷文を用いてキリスト教的な権威のもとに霊的存在を制御しようとする意識を持っていた場合も多い。
現代文化
現代のファンタジー作品・ゲームにおける「ネクロマンサー(死霊術師)」という職業像は、原義である「死者の霊を呼び出す者」に近いイメージで定着しており、中世に生じた「黒魔術一般」という拡張的な意味とはやや異なる形で受容されている。
関連ノード
- グリモワール — ニグロマンシーの技法が記された中世〜近世の文献群
- 召喚・喚起 — ニグロマンシーの中心的な実践技法
- オノマンシー — 中世の教会当局からは同じく「ピタゴラス派の迷信」として並べて非難されたが、死者を扱う技法ではない点で区別される
参考文献
- Richard Kieckhefer, Forbidden Rites: A Necromancer’s Manual of the Fifteenth Century, Pennsylvania State University Press, 1997. — 中世の聖職者による「クレリカル・ニグロマンシー」を扱う基礎的学術研究
- Douglas Harper, Online Etymology Dictionary, s.v. “necromancy” — nekromanteia から nigromantia への語形変化を扱う語源資料
- Daniel Ogden, Greek and Roman Necromancy, Princeton University Press, 2001. — 古代ギリシャ・ローマの死者占いを扱う標準的学術研究