概要
アゾート(ラテン語: Azoth)は、錬金術における普遍的な溶媒・精髄(クインテッセンス)を指す用語で、特にパラケルスス(パラケルスス)との結び付きで知られる。もともとは水銀を指す語であったが、パラケルススによって、あらゆる物質に内在する生命原理を表す、より抽象度の高い概念へと拡張された。
語源
言語学的には、中世ラテン語 azoc(さらに古い azoth の異綴り)がアラビア語 al-zāʾūq(「水銀」の意)に由来するというのが標準的な説明であり、初出は13世紀頃の錬金術文献に遡るとされる。一方、17世紀以降の一部の錬金術著述家・オカルティストの間では、Azoth という綴りが、ラテン語(あるいは英語)アルファベットの最初の文字 A と最後の文字 Z、ギリシャ語アルファベットの最後の文字 Ω(オメガ)、ヘブライ語アルファベットの最後の文字 ת(タヴ)を組み合わせた語であり、「初めと終わり」「全宇宙を統べる原理」を象徴的に暗示する人工的な合成語だとする説明が広まった。この「アルファ・オメガ」的な語源解釈は、思想的な寓意としては錬金術文献に繰り返し引用される著名なものだが、言語学的に確立した語源というよりは後代に付与された象徴的解釈である可能性が高く、両者を区別して理解する必要がある。
歴史
「水銀」を意味する技術用語としてのアゾートは、中世ラテン語錬金術文献に古くから見られる。パラケルススは16世紀に、この語を単なる金属としての水銀を超えた、あらゆる物質・生命に内在する根源的な活力原理(後の三原質(三原質)説における「水銀」原理とも重なる)を指す語として用いた。パラケルスス自身がこの語を、万能薬・普遍溶媒としての意味合いで用いたとされる記述も伝わっているが、パラケルスス文献群の来歴は複雑で、後継者による加筆・敷衍も多いため、どこまでが本人に遡る用法かは資料によって幅がある。
各伝統における意味
パラケルスス医学における意味
パラケルススの医療化学(イアトロケミー)の文脈では、アゾートはあらゆる病を癒しうる普遍的な治療原理、あるいはあらゆる物質を分解・浄化しうる普遍溶媒(アルカヘスト)に近い理念的な物質として語られた。四元素を超えた第五元素(クインテッセンス)に相当するものとして位置づけられることもある。
図像表現
後代の錬金術的図版では、アゾートはしばしば水銀を表す記号やカドゥケウス(双蛇の杖)と組み合わせた図像として描かれ、対立するものを統合する精髄という観念を視覚的に表現した。
関連ノード
- パラケルスス — 概念を医療理論に取り入れた人物
- 三原質 — アゾートの原理と重なる「水銀」を含む理論体系
- 水星 — 惑星・金属としての水銀との連想関係
- 賢者の石 — 普遍溶媒としてのアゾートが結び付けられることがある到達目標
参考文献
- Lawrence M. Principe, The Secrets of Alchemy, University of Chicago Press, 2013. — 錬金術史研究の近年の標準的概説書
- Allen G. Debus, The Chemical Philosophy: Paracelsian Science and Medicine in the Sixteenth and Seventeenth Centuries, Science History Publications, 1977. — パラケルスス派の物質理論を扱う標準的学術研究
- Andrew Weeks, Paracelsus: Speculative Theory and the Crisis of the Early Reformation, State University of New York Press, 1997. — パラケルスス研究の標準的学術文献