概要
「誘惑」は、禁じられたものへと引き寄せられる心理的・宗教的経験を指す概念。西洋の象徴文化においては『創世記』3章のエヴァ(アダムとエヴァ)と蛇の場面(創世記、蛇)を典拠として、キリスト教神学における最重要概念の一つとなった。
語源
英語 temptation はラテン語 temptatio(「試すこと」、動詞 temptare に由来)から。ラテン語聖書(ウルガタ訳)における語法がキリスト教神学用語としての定着に影響したと考えられる。
歴史
「誘惑」を神学的に体系化した概念として扱う伝統は、初期キリスト教教父たち(アウグスティヌスなど)の議論に遡る。特にアウグスティヌスによる原罪論の展開が、後代の西洋思想における「誘惑」と「自由意志」の結びつきを強く方向づけたとされる。
各伝統における意味
ユダヤ教
『創世記』3章自体は「誘惑」という抽象概念を明示的に主題化しているわけではなく、後代の教義的読解によってこの場面が「誘惑の原型」として意味づけられた側面が大きい。
キリスト教
蛇によるエヴァへの働きかけ(蛇)は、原罪教義の起点として、人間の自由意志と罪の関係を論じる際の核心的典拠となった。
美術
エデンの園における誘惑の場面は西洋美術史上繰り返し描かれた主題(創世記を参照)。
哲学
自由意志と決定論をめぐる哲学的議論において、「誘惑にどう抵抗しうるか」は倫理学の古典的主題の一つ。
関連ノード
参考文献
- Elaine Pagels, Adam, Eve, and the Serpent, Random House, 1988. — 楽園追放神話の受容史を扱う標準的学術研究
- James L. Kugel, The Bible As It Was, Harvard University Press, 1997. — 聖書物語の古代における解釈史を扱う学術研究
- Augustine, Confessions, trans. Henry Chadwick, Oxford University Press, 1991(原著397-400年頃). — 原罪論の背景となる一次資料
- Augustine, City of God, trans. Henry Bettenson, Penguin Classics, 1972(原著426年). — 原罪論を体系化した一次資料