概要
林檎(リンゴ)は、西洋の象徴体系で最も繰り返し用いられる果実のモチーフ。旧約聖書創世記の「禁断の果実」を林檎とする図像的伝統、ギリシャ神話の「不和の林檎」(黄金の林檎)など、由来の異なる複数の物語が「林檎」という同じ果実のイメージに結び付けられてきた。
語源
ラテン語 malum は「林檎」と「悪」の両方を意味しうる語であり、この語呂合わせ(ダブル・ミーニング)が、禁断の果実を林檎とする中世西欧の図像的伝統の一因になったとする説が広く受け入れられている。
歴史
旧約聖書創世記2〜3章の「禁断の果実」の記述は、原文(ヘブライ語)では果実の種類を具体的に特定しておらず、単に「木の実」としか記されていない。それにもかかわらず、中世西欧の美術・文学では、この果実が林檎として描かれる図像的伝統が広く定着した。この伝統形成には、上記のラテン語の語呂合わせに加え、ヨーロッパで最も身近な果樹であったことも影響したと考えられている。
各伝統における意味
旧約聖書の「禁断の果実」
アダムとエヴァ(アダムとエヴァ)が蛇(蛇)に誘惑され、神に禁じられた木の実を食べたことで楽園を追放されたとする誘惑(誘惑)の物語は、聖書本文では果実の種類を特定していないにもかかわらず、後世の西洋美術・文学の慣習により林檎として視覚化されるようになった。この「聖書本文の記述」と「後世の図像的慣習」を混同しないことが重要である。
ギリシャ神話の「不和の林檎」
不和の女神エリス(エリス)が婚礼の宴に投げ入れた「最も美しい女神へ」と記された黄金の林檎は、ヘラ・アテナ・アプロディーテの3女神の争いを引き起こし、パリスの審判、ひいてはトロイア戦争の遠因となったとされる。旧約聖書の禁断の果実とは全く別系統の伝承だが、いずれも「争い・欲望の発端としての林檎」という共通のモチーフ構造を持つ点が比較神話学の文脈でしばしば指摘される。
近代科学における逸話
アイザック・ニュートン(アイザック・ニュートン)が林檎の落下を見て万有引力の法則を着想したという逸話は広く知られているが、この逸話の史実性については、ニュートン自身の同時代の記録に基づく確証が乏しく、後年に脚色された可能性が高いとする科学史研究者の見解がある。
美術
エデンの園の場面、パリスの審判の場面のいずれにおいても、林檎は西洋美術史上最も頻出する小道具の一つとして描かれ続けてきた。
関連ノード
- 誘惑 — 林檎として視覚化される禁断の果実の物語
- アダムとエヴァ — 禁断の果実を食べたとされる人物
- エリス — 不和の林檎を投げ入れたとされる女神
- アイザック・ニュートン — 万有引力の着想にまつわる逸話が伝わる人物
- パリス — 黄金の林檎を巡る審判を下した人物
- 『パリスの審判』 — 黄金の林檎を巡る神話を主題とする絵画
- 蛇 — 禁断の果実を巡る誘惑の物語で共に登場するモチーフ
参考文献
- J.E. Cirlot, A Dictionary of Symbols, trans. Jack Sage, 2nd ed., Routledge, 1971. — 象徴図像学の標準的参照辞典
- Elaine Pagels, Adam, Eve, and the Serpent, Random House, 1988. — 禁断の果実の図像的受容史を扱う標準的学術研究
- Timothy Gantz, Early Greek Myth: A Guide to Literary and Artistic Sources, Johns Hopkins University Press, 1993. — 不和の林檎の神話的異伝を扱う標準的資料集