概要
医学占星術(イアトロマテマティカ, iatromathematica)は、惑星・黄道十二宮の位置と人体の各部位・病状・治療の時期とを対応づけ、診断・治療の判断に用いる占星術の応用分野。人体の各部位を12星座に配当する「メロテシア(melothesia)」という考え方を核とし、古代から近世に至るまで、伝統医学(特に四体液説)と占星術が不可分に結びついていた時代の医学観を反映する。
語源
「イアトロマテマティカ」はギリシャ語「医術(イアトロス)」+「学問(マテーマティケー、当時は天文学・占星術を含意した)」の合成語。「メロテシア」はギリシャ語「四肢・部位(メロス)」+「配置(テシス)」に由来する。
歴史
黄道十二宮の各サインを人体の頭から足へと順に配当する体系的な考え方は、ヘレニズム期の占星術文献(マニリウス、バビロンのテウクロス、フィルミクス・マテルヌスら)に見られ、この時期に理論的な形式が整えられたとされる。エジプトで発展した「デカン」(デカン、黄道十二宮を10度ずつ3等分する区分)の体系も、ヘレニズム占星術に取り込まれる過程で治療の時期判断に応用されるようになった。中世を通じて、人体の各部位と12星座の対応を図示した「ゾディアック・マン(zodiac man、宮人体図)」が広く用いられ、リンブルク兄弟による装飾写本『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』(1411年〜1416年頃)に描かれた宮人体図はその代表的な図像として知られる。ルネサンス期に入っても、医師が治療の時期(瀉血の日取りなど)を惑星の運行と結び付けて判断する実践は続いた。
各伝統における意味
メロテシアの体系
牡羊座は頭、双子座は腕、魚座は足というように、黄道十二宮の12サインが人体の部位に順に配当された。この対応に基づき、ある部位の疾患は、対応する星座を支配する惑星の状態から判断・予測されるとされた。
四体液説との結合
伝統的な四体液説(四体液説)の医学理論に、惑星・星座の影響という占星術的要素が組み合わされ、体液のバランスの乱れを惑星の運行と結び付けて説明する複合的な医学理論が形成された。
実践者としての医師
中世〜近世ヨーロッパの多くの正規の医師は、治療方針の決定に際して患者の出生図や発病時の惑星配置を参照することを標準的な診療手順の一部としていた。フランスの医師・占星術師ノストラダムス(ノストラダムス)もその一人であり、ペスト治療の経験を持つ医師としての活動と、占星術的な予言活動とを併せ持っていた。
現代文化
現代の主流医学からは完全に切り離されたが、「サン・サイン(太陽星座)ごとの体質・傾向」といった大衆占星術の言説の一部に、メロテシアの発想の名残を見ることができる。
関連ノード
- デカン — ヘレニズム占星術医学において治療の時期判断に応用された区分体系
- 四体液説 — 医学占星術が理論的基盤とした伝統医学理論
- 黄道十二宮 — メロテシアにおいて人体の各部位に配当される枠組み
- ノストラダムス — 医学占星術(イアトロマテマティカ)を実践した医師・占星術師
参考文献
- Nicholas Campion, A History of Western Astrology, Volume I: The Ancient and Classical Worlds, Continuum, 2008. — ヘレニズム期のメロテシア成立を含む占星術史の標準的学術研究
- Roger Beck, A Brief History of Ancient Astrology, Blackwell, 2007. — 古代の医学占星術の理論的枠組みを扱う概説書
- Nicholas Campion, A History of Western Astrology, Volume II: The Medieval and Modern Worlds, Continuum, 2009. — 中世〜近世の医学占星術の実践を扱う学術研究