概要
四体液説(ラテン語: humorism)は、人体が血液・黄胆汁・黒胆汁・粘液の4つの体液から構成され、その配合バランスが健康や気質を左右するとする、古代ギリシャに由来する医学理論。四元素(四元素)の性質論(熱冷乾湿)と対応づけられ、中世を通じて西洋医学・自然哲学の基礎理論として広く受け入れられた。
語源
「体液(フモール)」はラテン語 humor(「湿り気・液」の意)に由来する。
歴史
体液の概念自体はヒポクラテス医学(紀元前5〜4世紀)に遡るとされるが、4つの体液を四元素の性質(熱・冷・乾・湿)と体系的に対応づけ、気質類型論として精緻化したのは、2世紀のガレノスとされる。ガレノス医学は、その後1000年以上にわたり西洋医学の標準理論として権威を持ち続け、近代医学(血液循環の発見、細菌学など)が確立するまで、実践的な治療理論の基盤であり続けた。
各伝統における意味
古代・中世医学
4つの体液のいずれかが優勢であることが、個人の身体的・気質的な性質を決定するとされた。血液が優勢な「多血質(陽気・社交的)」、黄胆汁が優勢な「胆汁質(短気・野心的)」、黒胆汁が優勢な「憂鬱質(黒胆汁質、内省的・憂うつ)」、粘液が優勢な「粘液質(冷静・のんびり)」という4類型が体系化された。治療は、過剰・不足した体液のバランスを整えること(瀉血など)を通じて行われた。
四元素との対応
血液は風(温・湿)、黄胆汁は火(温・乾)、黒胆汁は地(冷・乾)、粘液は水(冷・湿)にそれぞれ対応するとされ、四元素の性質論を人体に応用したものとして体系づけられた。
近代以降の受容
近代医学の確立とともに、体液説そのものは医学理論としては放棄されたが、4つの気質類型(多血質・胆汁質・憂鬱質・粘液質)という気質分類の発想自体は、後世の性格類型論・占星術的な気質論などに影響を残したとされる。
文学
「メランコリー(憂鬱)」は黒胆汁質(メラン=黒、コレー=胆汁)に由来する語で、西洋文学・芸術における重要なテーマ・気分として広く展開された。
心理学
古代・中世の気質類型論として、近代以前の「性格を体系的に分類しようとする試み」の一例に位置づけられる。
現代文化
「メランコリック」「サンギン(多血質)」など、四体液説由来の語彙は、気質や気分を表す語として現代の日常語にも一部残っている。
関連ノード
- 四元素 — 性質論の由来となった体系
- 錬金術 — 同じ四元素の性質論を共有する隣接分野
- 薬草学 — 四体液説を薬効理論の基盤とする伝統
- 三原質 — 対比される別系統の錬金術理論
- パラケルスス — 伝統的な四体液説医学とは異なる理論を提示した人物
- 土星 — 憂鬱質(黒胆汁質)を支配するとされる惑星
- 『メレンコリア I』 — 四体液説由来の憂鬱質を主題とする作品
- ノストラダムス — 占星術医学の実践者であった医師
参考文献
- Noga Arikha, Passions and Tempers: A History of the Humours, Ecco, 2007. — 四体液説の歴史を扱う標準的一般向け学術書
- Jacques Jouanna, Hippocrates, trans. M.B. DeBevoise, Johns Hopkins University Press, 1999. — ヒポクラテス医学の標準的学術研究
- Vivian Nutton, Ancient Medicine, 2nd ed., Routledge, 2013. — ガレノス医学を含む古代医学史の標準的概説書