辞典 / 実践

観相学(フィジオノミー)


視点: 歴史 / 哲学 / 心理学
テーマ: 占術

概要

観相学(フィジオノミー、physiognomy)は、顔立ちや体つきといった身体の外見的特徴から、人の性格・気質・運命を読み取ろうとする実践である。古代ギリシャの哲学的著作にすでにその体系的な萌芽が見られ、ルネサンス期イタリアで疑似科学的な学問として大成され、18世紀後半のスイスでヨーロッパ全土を席巻する一大ブームとなった。現在では科学的根拠を持たない疑似科学として位置づけられているが、西洋の美術・文学における人物描写の背後には、長らくこの観相学的な発想が横たわっていた。

語源

「フィジオノミー(physiognomy)」は、ギリシャ語の「自然・本性(physis)」と「判断・知識(gnomon / gnomonikos、後にラテン語化)」を組み合わせた語に由来し、原義は「(外見から)本性を判断する術」を意味する。

歴史

古代ギリシャ - 擬アリストテレス『観相学』

観相学を体系的に論じた現存最古のまとまった文献は、『観相学(Physiognomonica)』と題される小論である。伝統的にアリストテレス(アリストテレス)の著作として『アリストテレス全集』に収められてきたが、現代の文献学的研究では、紀元前300年頃にアリストテレスの学統であるペリパトス学派の手になる偽作(擬アリストテレス文献)であるとする見方が定説となっている。同書は、動物の姿形と気質の類似性から人間の性格を類推する手法(動物類推法)などを用いて、身体的特徴と精神的性質の対応関係を論じた。

ルネサンス期 - ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ

観相学を近世的な「学問」として大きく発展させたのは、ナポリの博物学者ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(1535年頃-1615年)である。彼の著書『人間観相学四書(De Humana Physiognomonia libri IIII)』(1586年、ヴィコ・エクエンセ刊)は、人間の顔と動物の顔を並べて図示した85点の図版を用い、身体的特徴と道徳的性質との対応関係に「科学的」根拠を与えようと試みた。この著作は後続世代に強い影響を与え、絵画・演劇・文学にまで観相学的な人物描写の作法を広めることとなった。

18世紀 - ヨハン・カスパー・ラーファターとブームの頂点

観相学が最も広範な大衆的人気を得たのは、スイスの牧師・著述家ヨハン・カスパー・ラーファター(1741年-1801年)による著作『観相学断片集(Physiognomische Fragmente)』(1775年-1778年刊、全4巻)を通じてであった。ラーファターはデッラ・ポルタの動物類推的手法を継承しつつ、シルエット画などの図版を多用し、キリスト教的な人間観と結びつけた独自の観相学体系を展開した。同書はヨーロッパ諸語に翻訳されて広く読まれ、観相学を18世紀後半における一大文化現象へと押し上げた。

各伝統における意味

医学・体液論との結び付き

近世の観相学は、伝統的な四体液説(四体液説)の枠組みと分かちがたく結びついていた。顔色や体つきは体液のバランスを反映するとされ、体液の傾向(多血質・胆汁質など)が性格傾向と結び付けられる中で、観相学は医学的な診断法の一部としても扱われた。

手相との違い

観相学は顔・頭部・体つき全体を対象とするのに対し、手相(手相)は手のひらの線と丘のみを対象とする、別系統の身体判断術である。両者はしばしば混同されるが、参照する身体部位も、依拠する理論的枠組み(観相学は動物類推・体液論、手相は占星術的対応)も異なる。

額相学との関係

顔全体を扱う観相学の中でも、額の皺のみに特化して発達した分野が額相学(メトポスコピー、額相学)である。額相学は観相学の一分科として、より狭い部位に対象を絞り込んだ実践と位置づけられる。

現代文化

19世紀には、観相学の発想はチェーザレ・ロンブローゾらの「犯罪人類学」に取り込まれ、身体的特徴から「生来の犯罪者」を判別できるとする、今日では厳しく批判される疑似科学的言説へと転用された。この歴史的経緯から、観相学は現在では人種差別・優生学的思想と結びついた負の遺産としても批判的に検証されている。一方で、キャラクターデザインや似顔絵といった創作分野では、「顔立ちから性格を印象づける」という観相学的な直感そのものは今も暗黙のうちに用いられている。

関連ノード

参考文献

関連ノード(発見の質でグループ化)

対比の発見

隣接の発見