概要
エノキアン魔術(Enochian Magic)は、16世紀のジョン・ディー(ジョン・ディー)とエドワード・ケリー(エドワード・ケリー)による天使交信の記録を基に、19世紀末の黄金の夜明け団(黄金の夜明け団)が体系化した近代西洋儀式魔術の一分野。独自の文字体系(エノキアン文字)・言語(エノキアン語)、および「ウォッチタワー」と呼ばれる図表群を特徴とする。
語源
「エノキアン」の名称は、旧約聖書の族長エノク(天に取り去られたとされる人物)に由来するとされるが、これはディー自身が用いた呼称ではなく、後世の体系化の過程で定着した通称である。この語がヘブライ語聖書のエノク伝承と直接の教義的な系譜関係を持つわけではない点に注意が必要。
歴史
ディーとケリーが1580年代を中心に行った一連の交信セッションでは、天使から伝えられたとされる文字・言語・図表が日誌に記録された。この体系はディーの存命中には実践的な魔術技法として組織化されることはなかったが、300年近く後の1880年代、黄金の夜明け団の創設者たちがディーの日誌を再発見し、独自の解釈を加えて「エノキアン・チェス」「ウォッチタワーの召喚儀礼」など実践可能な魔術技法へと再構成した。
各伝統における意味
黄金の夜明け団による体系化
黄金の夜明け団は、ディーの残した断片的な記録を、既存のカバラ・生命の木の対応体系と組み合わせて再解釈し、四方位・四元素に対応する「ウォッチタワー」を中心とする実践的な召喚魔術として組織化した。この体系化はディー自身の意図を超えた後世の創造的再構成である点に留意が必要。
アレイスター・クロウリーによる展開
黄金の夜明け団を脱退した後のアレイスター・クロウリー(アレイスター・クロウリー)は、エノキアン語で書かれた「30のエーテル(Aethyrs)」の召喚(『ヴィジョン・アンド・ザ・ヴォイス』として記録)を自らの神秘体験の中心的実践の一つとした。これは黄金の夜明け団版とも異なる、クロウリー独自の展開である。
天使の位階論との違い
エノキアン魔術に登場する天使群は、偽ディオニュシオスに由来する伝統的な「天使の九階級」(天使の位階(九階級))とは全く別系統の、独自の名称・階層体系を持つ。両者を同一の天使論として混同してはならない。
関連ノード
- ジョン・ディー — 交信記録の残した創始者
- エドワード・ケリー — 交信の霊媒を務めた協力者
- スクライング — 交信に用いられた技法
- 黄金の夜明け団 — 実践的魔術体系として組織化した結社
- アレイスター・クロウリー — 独自の実践へと発展させた人物
- 天使の位階(九階級) — 系譜の異なる別系統の天使論
生命の木から見た整理(任意)
本項は本プロジェクト独自の整理モデルであり、歴史的事実の記述ではない。黄金の夜明け団版の体系では、ウォッチタワーは生命の木の対応体系とも組み合わされて解釈されるが、これは黄金の夜明け団独自の統合であり、生命の木本来の伝統とは別系統の後世の再構成である。
参考文献
- Deborah E. Harkness, John Dee’s Conversations with Angels: Cabala, Alchemy, and the End of Nature, Cambridge University Press, 1999. — ディー・ケリーの交信記録を扱う学術的研究
- Aleister Crowley, The Vision and the Voice, in The Equinox, Vol. I, No. 5, 1911. — クロウリーによる30のエーテル召喚の一次資料
- Israel Regardie, The Golden Dawn: A Complete Course in Practical Ceremonial Magic, 6th ed., Llewellyn Publications, 1989(初版1937-1940). — 黄金の夜明け団によるエノキアン体系の実践的解説