ミケランジェロ『原罪と楽園追放』(1509〜1510年頃)

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蛇はなぜ、悪にも治癒にもなるのか

救急車を見たことがある人なら、あのマークを知っていると思います。杖に蛇が巻き付いたやつ。あれ、聖書に出てくる「悪」の蛇と、同じ生き物なんですよね。おかしくないですか。片方は命を救う印で、片方は人類を堕落させた元凶。

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    知恵にも誘惑にも、治癒にも危険にもなる。西洋の象徴の中で、これほど忙しい生き物も珍しいです。一つの意味に決まらないこと自体が、蛇という象徴の正体だと言ってもいい。ここから5つのノードで、その忙しさがどこから来たのか辿っていきます。

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    創世記

    始まりは『創世記』。エヴァを禁断の果実へ誘う、あの場面です。西洋文化でいちばん有名な「蛇=悪」のイメージは、間違いなくここが震源地。ただ、聖書の本文自体には、この蛇を「サタン」だと明言する記述はありません。それは後の時代につけ加えられた解釈です。

    ミケランジェロ『原罪と楽園追放』。木に巻きつく蛇に女性の顔が描かれている
    ミケランジェロ『原罪と楽園追放』(システィーナ礼拝堂天井、1509〜1510年頃)。「サタン」と明言されていない聖書の蛇に、後の時代の解釈が積み重なっていった様子が、この女性の顔を持つ蛇の図像によく表れている。Public domain, via Wikimedia Commons
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    モーセ

    ところが、です。同じ聖書の中の『民数記』まで進むと、蛇の役回りが逆転します。モーセが青銅で蛇の像を作って掲げると、それを見た者は救われた——そう書かれています。同じ本の中に、堕落の蛇と救済の蛇が両方いる。これ、結構びっくりしませんか。

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    アスクレピオス

    舞台をギリシャに移します。医神アスクレピオスの杖に巻き付く蛇――これが、冒頭で話した救急車のマークの正体です。古代ギリシャでは、毒と薬は紙一重だと考えられていました。だから蛇は治癒の象徴になった。『創世記』の「悪」は、ここにはひとかけらもありません。

    エピダウロス博物館蔵のアスクレピオス像。蛇が巻き付いた杖を手にしている
    アスクレピオス像(エピダウロス博物館蔵、古代ギリシャ〜ローマ期)。手にした杖に一匹の蛇が巻きつく、これが「救急車のマーク」の元になった実物の姿。Photo: Michael F. Mehnert, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
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    ウロボロス

    自分の尻尾を、自分で飲み込む蛇。ウロボロスです。錬金術やヘルメス思想の中で、循環・永遠・再生を表す図像として育っていきました。誘惑でも治癒でもない。もはや道徳の話ですらなく、「始まりと終わりは同じ場所にある」という、世界そのものの見方を背負わされています。

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    ルノルマンカード

    最後は、宗教でも神話でもありません。近世フランスの占いカード、ルノルマンカード。ここでの蛇は、裏切りや遠回り、ややこしい事情を表すカードです。聖書の重さも、ギリシャの治癒力も、ここには残っていません。占いという実用の場で、また新しく意味が貼られただけ。象徴って、意外とドライに使い回されるものなんです。

結局、蛇は何なのか

堕落、救済、治癒、永遠、裏切り。同じ生き物に、こんなに矛盾した役が割り振られている例も珍しいです。蛇そのものに意味が埋め込まれているわけじゃない。それぞれの時代、それぞれの場所が、必要に応じて意味を後付けしてきただけです。人はなぜ、そのように世界を見るのか。蛇は、その一番わかりやすい実例でした。

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気になった方は、「なぜ人は象徴を生み出すのか」で、この話を心理学の側から続けています。

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